今回は、2023年本屋大賞にノミネートされた「ラブカは静かに弓を持つ」を読みましたので、その感想を書きます!
私自身、昨年から同じ弦楽器であるバイオリンを始めたのでノミネート作品の中でも一番興味が湧いた本だったので、真っ先に買いました。
この記事には本書のネタバレが含まれていますので、まだ読まれておらず、これから読む予定の方は「はじめに」まで読んでいただき、読み終わった後に記事を読むことをおすすめします。
はじめに
僕は自分が他人を信用することができずに、他人との間に見えない分厚い壁を作ってしまうことがあります。本書の主人公「橘樹」も同じです。また、その他の登場人物にも同じような傾向が見られ、おそらく「信用」が一つのテーマになっているのではないかと感じました。
昨年から趣味でバイオリンを始めていて、同じ弦楽器であるチェロが題材になっているさらに、本の帯には「潜入捜査」の文字が。これは面白そうだと思い、手に取った一冊です。
あらすじ
ここからはネタバレ含みます。
全日本音楽著作権連盟(通称:全著連)の職員として勤務する主人公橘樹(たちばないつき)はある日上司てある塩坪に呼び出される。
塩坪から音楽教室「ミカサ」にチェロの生徒として通い、著作権使用料を支払っていない証拠を集めるよう潜入捜査の仕事を命じられた。
全著連とミカサの間でレッスン時に演奏した際の音楽の使用料について支払うべきか否か裁判が行われようとしている状況であり、その証拠集めと裁判での証言をするためのものである。
チェロの経験のある樹であったが、過去の誘拐事件の被害、家族の関係等トラウマのある楽器ということもあり、気の進まない仕事だったが、塩坪から渡された証拠を集めるためのペン型盗聴器を手に教室へ。
そこで、チェロの講師である浅葉桜太郎(あさばおうたろう)と出会う。レッスンを受けていく中で、浅場のチェロの音色に引き込まれ、さらに、浅葉の生徒たちの集いに参加し、発表会に出ることになる。
過去のトラウマもあり、不眠に悩まされている樹であったが、チェロを再び演奏することになり、また、温かい音楽仲間ができたことにより、少しずつトラウマから解放される。
しかし、時は残酷であり、裁判開始の時期が迫ってくる。
これ以上ミカサに通う必要がなくなり、レッスンの受講を辞める旨浅葉に伝えようとしたところ、うっかり、社章のバッジを落としてしまい、樹が全著連の職員であることがバレてしまうのである。
作中では浅葉は樹と年齢が近いこともあって親しくして、お互いに信頼関係が築けてきたかと思えたところでの裏切り行為だったため、一気に人間関係が崩壊してしまう。これを機に、樹はチェロ仲間の連絡先をブロックしてし、一切の関係を断とうとする。また孤独な生活に戻り、不眠に悩まされるのだった。
最終的に、同じチェロ仲間であるかすみにチェロのコンサートで出会うことになり、半ば強制的にチェロ仲間と講師である浅葉と再会することになる。
壊れた人間関係すぐに戻ることはなく、かなりギクシャクした空気が続く。
講師や仲間との信頼関係について考えた結果、樹も心境に変化がでてきたのか、全著連を退職し、再び浅葉の元へ通うことを決意する。
完全に関係性が修復されたわけではないが、ここでこの物語は終了となる。
感想
最も印象深かった内容について
主人公がチェロを弾くようになって、チェロ仲間が出来たことによって、段々と過去のトラウマ(誘拐事件、家族との関係性)から解放され、不眠も治った矢先に、講師の浅葉に全著連の職員であるとバレて、信頼関係が壊れた後の、おそらく精神科に通っている場面がとても印象的でした。
今まで他人を信用してこなかったことを自覚して、自分のことを医師に打ち明けた場面です。
「……よく話してくれましたね。信用してくれてありがとうございます」その瞬間ぱっと視界が大きく開けて、目に映るすべてのものが手前にせり出してきたかのような、稀有な感覚に包まれた。それは覚えのない感覚で、世界に劇的な広がりを与えた。
ラブカは静かに弓を持つ(安壇美緒)
ここから、樹の人生は少しずつ変わっていくと思うのです。樹はチェロを真剣に向き合うことによって、人を裏切りたくないという気持ちの芽生え、潜入捜査をしている仕事上の立場から板挟みになりながらも答えを出した瞬間だと思うのです。
樹の人間関係が壊れてしまって、落ち込んでる最中であったので、この場面は悲しくもありながら、救われたと感じて、個人的には一番印象的だったと思います。
主人公(樹)に共感できること
全体的に樹は根暗で真面目系な印象を受けます。また、他人を信用しておらず、古くからの友達もいない。共通点が多すぎて感情移入できました。
他人との間に大きな見えない壁を張り、勝手に相手の人間像を作ってしまう。一線を越える勇気のなさ。越えることの恐怖心から上手く他人と付き合えないのは、まるで自分のことかのように感じてしまいました。
僕個人の経験からも同じことが言えて、相手にしてみたら、自分は悪い印象しかないかもしれないという理由で、何か後ろめたさみたいな気持ちもあって接触を避けていたところ、実は相手はそんなこと気にしてもおらず、自分の考えすぎであったということがありました。
他人との境界線って絶対に必要ですけど、時には乗り越えて、自分を曝け出してみたり素直になる瞬間というものが必要です。普通は学生時代に皆が通り、知っているようなことかもしれませんが、つい最近まで、僕は知りませんでした。なので、大人になってから人間関係においてはたくさん失敗したものだなあと思っています。
いつまでも自分の殻に閉じこもってばかりはダメですね。自分の本音を曝け出すのは恥ずかしいという気持ちもありますが、良好な人間関係を築く上でとても大切なことだと改めて認識しました。
場面展開について
冒頭でも書いたように、本書の主題は「信用」であると思っています(僕の独断と偏見です)。場面展開でミカサに入った場面で以下のような記載があります。
楽器店内のエレベーターで三階に上がると、目の前が一気に開けた。吹き抜けのフロアの中央にはシックな趣の大階段が設けられていて、豪華客船さながらだった。
ラブカは静かに弓を持つ(安壇美緒)
こういった、「開ける」という描写がたくさんあって、上述の医師との会話でも目の前が開けてくる感じが、主人公の心の変化も同時に表しているような気がしています。
些細なところですが、こういった表現も本書の魅力の一つではないかと感じました。
また、他人を信用できない人間がもう一人います。それは、樹の上司である塩坪です。塩坪は樹にスパイ行為を命じており、その情報の取り扱いに余念がありません。変化していく樹と対比で変化していない人間が描かれているように見えて、そこも面白い点の一つだと思います。
おわりに
個人的には、序盤から怒涛の展開で感情移入して読める作品というわけではないように思います。しかし、だんだんと作品、主人公に没入していける感じが、表題にある深海魚「ラブカ」にピッタリだと思いました。本当はスパイにのようにじっと獲物を待って、醜く、狡猾な部分をイメージして「ラブカ」とつけたのでしょうが、個人的な感想です。
後半のスパイさながらの行為(自身の諜報活動データを消すだけですが)はハラハラした気持ちで読むことができます。深海のように真っ暗なところから時には水面近くの温かい印象と、緩やかですが緩急のある作品でとても読み応えがあり、主人公の出した結論にも納得のいく小説でした。
いかがだったでしょうか。
なかなか思った通りに本を読んだ感想を書くのは難しいものですね。本書の魅力やもっと書きたい場面はまだまだたくさんありますがこれが今の僕の限界です…。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
おまけですが、本小説で題材になった音楽教室の著作権使用料の支払いについては実際に裁判になっており、最高裁判決も出ています。ご参考までに。
音楽教室の運営者と演奏技術等の教授に関する契約を締結した者(生徒)のレッスンにおける演奏に関し上記運営者が音楽著作物の利用主体であるということはできないとされた事例(最高裁判所ホームページより)
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