以前から気になっていた小説「サード・キッチン」を読みました。面白いことに加えて、考えさせられるテーマだったと思います。
差別を題材にしていることもあって、取り上げてよいかと少し迷いましたが、やはりこの小説の面白さは伝えたいという思いから書きました。
本記事は作品のネタバレを含みますのでご注意ください!!
あらすじ以降はネタバレあります。
おすすめな人
この本は、NHK理想的本箱君だけのブックガイド「人に優しくなりたい時に読む本」で紹介されたものです。
この本で取り扱っているのは、まさに世界で問題となっている”差別”が一つのテーマとなっています。
いくら文明が進歩してもこの差別という問題がなくなることはありませんね。何事もまずは問題に気づくことが大切だと僕は思います。暴力的な場面はないのですが、日常に潜む差別について書かれており、主人公の辛い気持ちを痛感することになります。
「人に優しくなりたい時に読む本」という帯をみてどういう物語か気になり手に取りました。
少し暗くて生々しい話もありますが、最終的には人の温かみに包まれたい。そういう方におすすめな物語となっています。
あらすじ
個人的には大きく3つのパートで構成されていると思っています。勝手に3つに分けちゃいました。
登場人物がやや多いため、最後にキャラクター紹介をつけています。
孤独な留学生活編
この小説の主人公「加藤尚美」は山村久子という高齢の女性からの支援を受けて、アメリカの大学に留学している大学生です。冒頭、その久子との手紙のやり取りで始まっています。
手紙内容は尚美は友達に恵まれ、アメリカの楽しいキャンパスライフを送っていると送っているというものでした。
しかし、実際は同じルームメイトであるクレアとセレスタとは上手くいっておらず、学食へ一人で行くなど一人で過ごすことの多いどちらかというと暗い学生生活を送っている場面が描かれています。
尚美は日本人、日本育ちということがあり英語が流暢に話せるわけでなく、全ての英語が聞き取れないそんな中、クレアたちの会話にもついていけず、次第に相手されなくなっていきます。また、同じ日本人ですが、インターナショナルスクールで育った生徒からは英語力というところで見下され、大きな壁を感じます。会話の中で尚美の語学力を試すなど…。
英語が通じないことによる”言語の壁”によって仲間はずれにされてしまう。尚美は完全に一人の世界に入り込み、塞ぎ込んでしまう描写が描かれています。
とても惨めな気持ちになる章ですね。
尚美が一人で大学の食堂でご飯を食べている時の一節
自分の強がりを意識にのぼらせないように、機械的に口に運んだパサパサのチキンとライスは、食べ物というより餌だった。
もう何を食べてもあじがしない。
サードキッチン(白尾悠)
理解者との出会い
ある日、尚美が部屋で過ごしていると隣の部屋から物音がし、気になって覗いてみると、絵を描く女性、アンドレアがいました。尚美自身も絵を描くことが趣味だったので、どうしても声をかけたくアンドレアと接することになります。
アンドレはとても陽気で気さくな性格で、尚美の拙い英語も最後まで聞いてくれる。ジョークなんかもどういう意味か聞いてくれて、尚美が言ったことに対して笑ったり、しっかり反応してくれる。尚美にとって良い人であり、今後の学生生活で支えとなってくれる存在となります。
アンドレアと”非社交的なパーティー”をしているとアンドレアの友人であるマライカがやってきて、「サード・キッチン」へ誘われることになります。
サードキッチン
マイノリティ学生のためのセーフ・スペースのこと
日本で暮らしている分には、自身がマイノリティであることに中々気づけないものですが、国が違えば当然私たちアジア系の人間は”peaple of color”としてマイノリティに属するのです。
マイノリティが集まって食事をする場所。そんな場所だからこそ、立場の弱い人間の気持ちがわかる。尚美はその温かい空気に触れることによって徐々に周囲に対して、心を開いていくようになります。
アメリカに留学してからというもの孤独を感じており、食事が餌となってしまった尚美でしたが、サード・キッチンで食事をして初めて”おいしい”と感じるようになりました。
(おししい)
たった四文字のその日本語が、自然と私の中に生まれる。口の中で食べ物と一緒に噛みしめる。その響きがひどく懐かしかった。懐かしくて、口の中から全身が幸せにほどけていくようであった。
サードキッチン(白尾悠)
変化する尚美
孤独な日々から、アンドレアやマライカと出会い、サード・キッチンの運営に参加し、徐々に活力を見出し、久子に出す手紙に嘘はなくなってきました。
マイノリティと過ごす日々が多くなる中で、尚美は、人種差別だけが差別ではなかったのだと。今まで気が付かなかった差別について、徐々に気づき始めます。
大きな事件としては2つあります。
韓国系のジウンとの出会い
とある授業で家族史のテーマがあり、その中で韓国系のジウンは第二次世界大戦の話題を出しましたが、尚美はレポートを英語で書き、寝る間を惜しんでいたたこともあり、訛りのある抑揚のない英語を聞いていたところ居眠りをしてしまいます。
ジウンの発表後、先生から日本人として意見を聞きたいと話を振られたが、何も言葉が出てこなかったのです。
理由はあれど発表中に寝てしまったこと、韓国側から見れば第二次政界大戦時日本は加害国であったことについての自覚が尚美にはあまりありませんでした。ジウンに対しては史実に対しての無知、寝てしまったことに対する後ろめたさがあったのです。
そんなジウンとサード・キッチンで再び会うことになります。尚美は後ろめたさから話しかけるのに躊躇してしまいます。
ニコルとの会話
ニコルはサード・キッチンで出会った、白人の女性です。いわゆる性的にはマイノリティということで加入しているメンバーでした。
尚美はニコルと会話する時に自分は「ノーマル」であると話したところ、ニコルからは性的にマイノリティではあるが「アブノーマル」ではないという会話をしています。ここで、尚美は言葉の選択肢は誤ってしまったのだと気づくのでした。
尚美はこの二つの大きな事件(他にもっと事件や出来事はありますが、ぜひ本書で読んでください)を親友であるアンドレアに相談しながら少しずつ解決していくのでした。
サード・キッチンに加入してから、自分が感じた大きな壁・受けてきた差別や自分がしてしまった差別を経験して、身の回りに起こっている差別について敏感になっていきます。
私はどういう人間か。それを、よく知らない他人に決められるということ。いやだーほとんど、反射的に、そう思う。
サードキッチン(白尾悠)
尚美の差別に対する気づきと行動で最終的にニコルと和解し、ジウンとも完全なる仲直りというわけにはいきませんが、和解することができて、ハッピーエンドで物語は終わります。
いい気になるな、期待しすぎちゃダメだと戒めのブレーキを踏もうにも、胸の奥の雲がすーっと晴れて、どんどん明るくなるのを止められない。内側から突き動かされる。放っておいたら走り出してしまいそうだ。
サードキッチン(白尾悠)
本書のあらすじをざっと振り返ってみました。次は本書のポイント・感想についてです。
感想
差別
本書の一番大きなテーマである”差別”について。
差別について…考えさせられましたね。
尚美は序盤自分がアジア系で英語が拙いことで言葉の壁を感じ、孤独である描写が多く描かれています。あえて日本人だからといって差別を受けていたわけではなくて、自分が言葉の壁を感じて自ら相手方に対して壁を作って塞ぎ込んでいる側面もあるのではないかなと感じました。
差別というと、人種という差で迫害を受けることを想像しますが、ここで書かれているのはそれだけれはありませんでした。
**人はこう言った性格。国ごとに人格を決めつけるジョークも受け取り側によっては差別に当たること。
史実に無知でいることは、例えば戦争で被害を受けた国にとっては、”無知の差別”であること。ジウンから直美に向けられた言葉ですが、これは自分にとっても刺さる言葉だったと思います。
悲惨な歴史的な事実に対して無知でいられるというこちはある意味特権なので、知らなくても良いかと思いますが、無知を知ってから無知を無視するということは差別になるとニコルが言っていました。
とても共感できて、腑に落ちました。
尚美の自覚のない差別への気づき、葛藤を多感な大学生の心情を事細かに、リアルに描かれている作品であって、個人的に”差別”に対する気づきとなる作品の一つであると思います。
また、アンドレアをはじめとする、良い友人に恵まれて、成長する物語でもあったと思います。
差別に気づいて、行動する=上部だけではない本当の人に対する優しさについて考えることができる作品です。
タイトルにあるように、まさに人に優しくしたい時に読む本ということで「サード・キッチン」おすすめです!
ここでは、個人的に僕が感動した、グッときたところを紹介します!
主人公(尚美)と自分の共有点
尚美は日本では優秀で明るい普通の高校生というイメージで、自分とはあまり共通点がないように思います。
しかし、アメリカ留学している尚美を見ていると、自分の考えすぎな部分で相手方と見えない壁を作ってしまうところはなんだか自分とそっくりだと感じました。
尚美は、親友のアンドレアやサードキッチンのメンバーと接することができて、気づきから行動を起こす勇気があります。
そこは見習いたいなと思いますね。
あまり似ている部分はなかったのかななんて思いますが、多感な時期の心情描写には共感できるような場面が多々あって、感情移入して読むことができたと思います。
作者紹介
白尾 悠(しらお はるか)さん
神奈川県生まれ。東京育ち。
米国の大学を卒業後帰国し、現在はフリーの企画者/マーケター。
第16回「女による女のためのRー18文学賞」大賞&読者賞をダブル受賞し、2018年に受賞作を収録した作品「いまは、空しか見えない」(新潮社文庫)にてデビュー。
おわりに
いかがでしたでしょうか。この小説って登場人物が複雑ってほどでもないですけど、これ誰だっけ?ってなることがありますので、以下に登場人物の紹介を少し書いておきますね。
登場人物
加藤尚美:本作の主人公アメリカに留学する大学生
山村久子:尚美の留学費を支援する入院している高齢女性
クレア:尚美のルームメイト
セレステ:尚美のルームメイト。インドネシア系で男女ともに人気が高い
英梨子:一年限りの日本人留学生
アンドレア:気さくな女性。尚美の親友
マライカ:ジブリ好きの黒人女性、尚美の親友
ダーリーン:尚美と同じ数学授業を受講している白人女性、尚美と友達
ニコル:サード・キッチンに所属する白人女性
カロリーナ:サード・キッチンに所属する先輩
ジウン:サードキッチンに所属する韓国系の学生、尚美は気まずさを感じている
ミア/シャキラ:シリア生まれの学生、尚美と友達になる
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